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a)『骨までしゃぶる』(1966、加藤泰)@ラピュタ阿佐ヶ谷 b)『ハネムーン・キラーズ』(1970、レナード・カッスル)@シネマヴェーラ渋谷 「昭和の銀幕に輝くヒロイン[第64弾] 桜町弘子」、「妄執、異形の人々 海外篇」共に初参戦。ラピュタでは、上映間際に来場し、最後列の簡易補助席でご覧になるご婦人に抱いた、“多分そうじゃない!?”の憶測が、帰り際に“有難うございました”と見送るその声で確信に変わるも、桜町さんご本人の、そのかくしゃくたるお姿を目の当たりにした日にゃ感動しつつも恐縮するというもの。 あ、そうそう、噂の「名画座かんぺ」も初入手す!
a)『踊子』(1957、清水宏)@フィルムセンター・大ホール b)『タイタンの逆襲』〈3D字幕版〉(2012、ジョナサン・リーベスマン)@TOHOシネマズ川崎 今日から5月。家を出る時は降ってなかった雨が、品川間近から降り始め、有楽町に着いたらかなりの降りに。鞄に忍ばせておいた折り畳み傘をさすも、思いの外濡れて上映開始15分前にフィルセン到着。人数確認をしてるとやらでロビーで足止めされるが、嫌な予感は杞憂に終わり無事入場すると、ほどなく満席に(うーん、凄い人気!)。無論、そこまでして駆け付けたのは、ひとえに初めて観る『踊子』への期待。嗚呼それなのに、映画が始まってすぐの、船越英二と淡島千景夫婦がアパートの一室で目覚め、布団の中で共に煙草を吸い出す場面を観て、“あ!”と気付く次第。確か数年前、「チャンネルNECO」でやった時に観たのだった。近頃、こーゆうの少なくないんだわ……。と、そんなことはともかく。中盤以降は控え目になるものの、序盤はキャメラがよく動くこと。映画の舞台となる浅草六区はもちろん、仲見世通りでも、中華そば屋でも、そして淡島ら踊子が踊るステージから楽屋までも、右から左へ、そして左から右へとキャメラは滑らかに横移動する。その動きに何故か円盤状のロボット掃除機を思い浮かべる。そういえば、確か「ルンバ」というんじゃなかったっけ、その掃除機!? ダンスの名が付いてるのは偶然か? 新作も観る。映画サービスデイということで、メガネ持参者(家に何故か3個もある)は3Dが1,300円。映画としてハナから期待はしてないが、アトラクションとしては“まあまあ”の出来ではないか。『世界侵略:ロサンゼルス決戦』(11)の監督だけあって、終盤のバトルはさながら市街戦の様相を呈する。
スクリーンで都合3回観る。 映画の序盤、イギリスの丘陵地にある農場に買われて来た一頭の馬(ジョーイと名付けられる)と、農家の息子(アルバート)との交流シークエンスで、ショット毎に微妙に天候(光の具合)が変わるのが気になる。例えばロングでは曇っているのに、ミディアムに寄ると晴れてるみたいな。それも、ジョーイの毛並みや、アルバートの背後の青空がいかにもレタッチされてる風で……。しかし、馬具を付けたジョーイとムチを持つアルバートが、畑には向いてないと言われる荒地を衆人環視の下、鍬で耕す場面(ご丁寧に雨まで降り出す)で、早くも涙腺ダムが決壊。そこからラストまでは、一気に駆け抜けて終了の1回目。終了後は購入したパンフで、「そっか、『マイティー・ソー』(11)の弟の方か!」とか、「思い出した、『愛を読むひと』(08)の青年ね!!」と、独りごちる。あと、観た人で舞台版を知らない人はおそらく誰もが思ったろう、「これをどうやって舞台で演ってたの?」という疑問。私も例外に漏れずその口で。とはいえ、現代は便利なもので帰宅後YouTubeで検索したら、幾つもの動画が出てくる出てくる。確かに舞台版のパペットは驚異的に素晴らしい。故にと言うか、だからこそ、『ベイブ』(85)のようにアニマトロニクスを一切使わず、“本物の馬でやらなければ”というスピルバーグの言葉が一層の重みを増すし、それが本作の肝でもある。 そう考えると(って気付くの遅過ぎだけど)、タイトルに偽りなく主人公は紛れも無くジョーイであり、つまり、軍馬として戦地に赴いた一頭の馬と、彼と出会い別れていった人々の物語=映画なわけである。ただ1回目、観ている間はエモーショナルな物語の力に翻弄され、ちっとも変だとは感じなかったけど、少し冷静に考えると浮かんでくる疑問点があったのも事実。例えばその一番最たるものが、先の荒地を耕した後に、ジョーイに乗ったアルバートが、地主の息子が運転する車と競争する場面。この時、車の助手席にはその息子の彼女なのか、美しい娘が乗っているのだが、てっきり後にアルバートと恋仲になるんだろうなと思って観ていると、娘はそれ以来二度と現れない。本篇の主人公がアルバートであるならば、そういう展開にもなり得るのだろうが、先に書いた通り主人公はジョーイなわけだから、当然そうはならない。それどころか、戦地で息子に再会したアルバートはその時のことを訊ねるが、息子は彼女のことは記憶にない様子。という徹底ぶりは、ある意味、シナリオ(ライターの一人は、監督でもあるリチャード・カーティス)の見事なブレのなさとも言えよう。 ![]() ![]() 『マイティー・ソー』の弟の方(中)。 『愛を読むひと』の青年(左)。 そんな感じで臨んだ2回目も又、やはり1回目と同様、光が気になる序盤。というか、“イギリスの変わりやすい天候を受け入れる姿勢で作業している”と先のパンフにもあったので、当然これは狙ってやっているわけで。そう考えると、冒頭の、空撮ショットを重ねて行くところも、この農場がどういったロケーションにあるのかを丁寧に示しているかのようだ。てか、改めて観ると、地主が訪れた後にアルバートの父親が無理矢理ジョーイに馬具を付けようとする、馬小屋の光の具合も凄いことになっている。あと、一家が住む家屋に真横から当たるような西陽(?)の極端さも凄い。と、以前にも増して、見たことのない光のヴァリエーションで攻めるスピルバーグ。当然ここで『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(11)後のスピルバーグの興味はやはり光、照明にありと先走りしたくもなる(『タンタン』ではライティングコンサルタントも兼ねる)が、そこはもう少し慎重に見守りたい。ただ、荒地を耕すジョーイ&アルバートを家の二階から見ていたエミリー・ワトソン演じる母親が、気を鎮めようと編み物をし出すと、膝の上に広げた毛糸に荒地の二人(というか、一頭と一人)がオーヴァーラップするなんて瞬間は、明らかに『タンタン』以降のスピルバーグのタッチである。もちろんスピルバーグのオーヴァーラップと言えば、『未知との遭遇』(77)のマッシュポテトとデビルズタワーの関係を思い出しもするが、それとは違う、もっと古典的なオ-ヴァーラップというか。事実、『タンタン』ではモーションキャプチャーによるフルCGという最先端のテクノロジーを使いながらも、語り口は非常にクラシカルである。 かねがね浮かぶのは、『アバター』(09)以降、映画に於けるストーリーテリングは二分化するのでは?という思い。つまり、3Dは至ってシンプルに、一方2Dは、それに対する反動として複雑な語り口を採用する。例えば近作で言えば、『人生はビギナーズ』(10)とか『J・エドガー』(11)みたいなフラッシュバックを多用する、時制を往ったり来たりする系。そう考えると、『タンタン』3Dを経たスピルバーグが、このシンプルで力強い物語構成に惹かれたのもわかる気がする。とはいえ、かつての2D作(『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』[99]や、『タイタニック』[97])の3D化という流れも出来つつあるので、事態はそんなに単純ではないみたいだが……。再び先の光問題に戻ると、その序盤のやや落ち着きを欠く変化のトーンが、終盤の塵のように舞う雪や、更にラストシークエンスのまるで『風と共に去りぬ』(39)を彷彿とさせる燃えるような空の色、それらの圧倒的な見事さに至るため、と思うと合点も行くだろう。 さて、これといった決定的な批評に出逢えないまま寂しい3回目。もし叶うのなら、やはりジョン・フォードと黒澤明の2人だけには少なくとも観て貰いたかったろうか、スピルバーグは?などと夢想しつつも、だからと言ってその2人以外にも認められる映画的記憶、その部分にだけ過剰に反応するつもりはない。つまり、必要以上に賞賛する気も、貶める気もないということ。もちろん3回目も泣く。だが、映画的記憶や引用、そのノスタルジアに泣いているわけではない(故に、ことさら怠惰な涙だとも思わない)。それに映画的記憶で言えば、祖父と孫娘が暮らすフランスの農家で、エミリーという名のその少女が初めてジョーイに乗って消えて行く、あの丘の不気味な静けさと、その後祖父の眼前に広がる谷の光景に、スピルバーグ自身の『宇宙戦争』(05)を思い出すのは、さほど難しいことではないだろう。では、何故こんなにも泣けるのか? それがわかれば苦労はしない。わからないからこそ3回も観るのだ。とかく私は鈍感だ。その証拠に、ラスト直前の競売のシーン、3回目にしてようやくエミリーは死んだのだと気付く次第。 それにしても……と、未練がましく言葉を続けるのは、複数部門でノミネートされてたにも関わらず、今年のアカデミー賞での見事なまでの無視されっぷりに続き、日米に於ける興行面での苦戦が何ともやり切れないからだ。加えてアメリカでの、『タンタン』との不可思議な上映タイミングも解せないし、その『タンタン』の、ヨーロッパでの熱狂ぶりとの落差も気になるところ。果たして、原作の認知度だけで納得して良いものか? 誰かそこら辺のこと、キチンと分析してるんだろうか? 上映終了間近か? GW期間中、都内では銀座シネパトス1館のみで細々と上映中!
『ル・アーヴルの靴みがき』(2011、アキ・カウリスマキ)@シネマ・ベティ 素晴らしい! 全然感想書いてないし、比べるのもアレだけど、例えば先日観た『ルルドの泉で』(09)なんて映画にイマイチ乗り切れなかった理由が、コレを観るとハッキリわかる気がする。カール・テホ・ドライヤーの名を出すまでもなく、“奇跡”は起こり得る、少なくとも「映画」はそれを描くことができるという、愚直にしてあっけらかんとした信念。勿論、その“奇跡”に対してシニカルな視線を送るのも、現代「映画」の一つの役割なのかも知れないが、ただ『ルルド』が結局、映画(映像)を使って何かがしたいんだろなと思わせるのに対し、カウリスマキはダイレクトに映画に向かっている。そこが何より素晴らしい! ていうか、ここまで力強いカウリスマキって初めてかも(新境地か?)。多くは語るまい。だが、まるで小津の『早春』(56)や『お早よう』(59)を思わせる長屋のような家並、とか。最期の桜、とか。そして、リトル・ボブなる性別不明なロックンローラーの存在、とか。一体どこまでが真面目なんだ!?って感じ。それでも、三たび素晴らしいとしか言いようがない。早くもリピート鑑賞決定である。
『コーマン帝国』(2011、アレックス・ステイプルトン)@新宿武蔵野館 言わずと知れたロジャー・コーマンの極めて真面目な(そしてかなり面白い)ドキュメンタリー映画なれど、改めてタイトルを声に出して読むとさすがに焦るのぉ。イントネーションに十分注意して、窓口で告げるなり。
『キングダム/見えざる敵』(07)、『ハンコック』(08)と、マイケル・マンのプロデュース作が2本続いたピーター・バーグだが、最新作『バトルシップ』(12)にその名が見当たらないのは、愛娘が監督を務める本作に父マイケルが付きっ切りだったから……かも知れない。そんな娘のアミ・カナーンは、父親が得意とするクライム・サスペンスというジャンルに堂々と挑戦し、映画の終盤には、犯人と目星を付けた2人組が乗る車をライフル片手に刑事(サム・ワーシントン)が追いかけるという、確かに父親の映画を彷彿とさせる瞬間も存在する。だがそれにも増して、物語の背景となる連続少女殺人事件や、遺体にかけられたビニール越しの少女のアップから強く感じるのは、デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」シリーズの記憶である。それが気のせいではないことを証明するように、本作では何と、「ツイン・ピークス」の“世界で一番美しい死体”ことシェリル・リーが、クロエ・グレース・モレッツの母親を演じていたりもする(もはや単なる偶然では済まされないだろう)。それにしても、その姿を久しぶりに見た『ウィンターズ・ボーン』(10)に続き、スッカリ板についた感が強いホワイトトラッシュの役には、過ぎた歳月の残酷さをも感じる……。 映画のクライマックス、先と同じくライフル片手のサム刑事が、しかし、一発も撃つことなく事態を(それが偶然にせよ)収束させるシークエンスの演出には、父マイケルには無い才覚を感じたし、舞台となるテキサスの特異な気候のせいなのか、突然降り出す雨の描写も本作の雰囲気を高めるのに一役買っている。とはいえ、場面転換や省略では必ずしも上手くいっていない部分(もしかして撮影はしたが編集でバッサリ切られた可能性が無きにしもあらず)が散見されるし、これはシナリオの責任なのかも知れないが、クロエ・グレース嬢のキャラクターがイマイチ魅力的じゃないし、事件の謎解きが全くのおざなりなのは物語的にも致命傷だろう。それでも、次回作を楽しみに待ちたい気分にはさせてくれる。先ほど名を出したデヴィッド・リンチにも、同じく映画監督のジェニファーという娘がいるが、才能的にはアミ・カナーンの方が上と見る! ところで、手元にある『キネマ旬報』4月下旬号には、南波克行氏による「そして映画はつづく」というタイトルの、親子映画監督にスポットを当てた興味深い論考が載っている。氏が誰を挙げているのかは、是非、本誌を参照してもらいたい(因みに、アミ・カナーン・マンもジェニファー・リンチも出て来ない)が、個人的には、父親と息子より、父親と娘のペアにより興味を惹かれる傾向があるみたい(小津的なのか?)。いずれにせよ、この先更新され続けるだろうこの論考は、個人的にも注視したいテーマである。 最後に。本作には、サムの別れた奥さんにして男勝りの女刑事というナイスキャラが出て来るのだが、それを演じている女優さんを、観てる間「あー、ちょっと彼女に似てるなぁ」と思ってたら、本当にその彼女ことジェシカ・チャステインで驚く。『ツリー・オブ・ライフ』(11)とも『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』(11)とも微妙に印象が異なり、このヒト本当に化けるよなぁ。という訳で本作は、S・ワーシントンにC・G・モレッツ、それにJ・チャステインという、今最も旬なキャスティングを望み、それが叶うという、それだけでも充分興味をそそられる1本だと思うんだけどな。
『キリング・フィールズ 失踪地帯』(2011、アミ・カナーン・マン)@ヒューマントラストシネマ渋谷 「未体験ゾーンの映画たち 2012」初参戦は、マイケル・マンの娘の監督作。細かく見ると不満点がないわけではないが、ザックリ言っちゃうと悪くない。なかなかに健闘してると思う。って、ちょっと甘いかな!? 続きは明日!
いよいよラインナップが発表される。昨晩は睡魔に負けて挫けてしまったので、一日遅れのアップです。ちょっと前までは“コピペして一覧!”みたいなエントリもしてたけど、最近はソレちょっと違うな~と思うところあって、リンクだけです(悪しからず)。てか、関心のある人は個人でとっくにチェックしてるでしょ!? そうじゃない人にしたって、コピペじゃなくてリンク先のオリジナルを見た方がいいに決まってる。 最近の傾向として……とか言ってしまうと、いささか乱暴・大雑把過ぎるけど、こと去年、それも受賞作や話題作に限っては、相性の悪いものを感じてしまう。それでも毎年楽しみにしてしまうカンヌって何? 少なくとも、実際に開催されパルムドールの下馬評が伝わて来る頃よりは、こうやってオフィシャルセレクションが出揃った頃が一番楽しいかも。 オフィシャルサイト(日本語) http://www.festival-cannes.fr/jp/article/58878.html 監督名の片仮名表記なら、「web DICE」版が一番わかり易いかも。 http://www.webdice.jp/topics/detail/3489/ 「映画.com」のニュースより。 http://eiga.com/news/20120420/12/
『戦火の馬』(2011、スティーヴン・スピルバーグ)@ムービル2 せっかくの109ポイント会員感謝デイなんだから、封切られたばかりの新作をと思ったが、『ジョン・カーター』にはイマイチ食指が動かないし、『Black&White/ブラック&ホワイト』は試写会で観たし。てか、ワザワザ劇場で見直すほどでは全然ないし。と思ったら、昨日だけの先行上映で、一般公開は明日からだし。という訳で、明日でロードショーが終わりそうな『戦火の馬』を、飽きもせずの3回目。同じ馬なら、3回のうち1回くらいはタル・ベーラの『ニーチェの馬』にすべきだったかも知れないけど、「戦火」よりひと足早く終わっちゃったし……。あ、もしかして新文芸坐あたりなら、「戦火」と「ニーチェ」の馬映画2本立てならぬ、2頭立てってのは充分考えられるか!?
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